2003年 中部内家拳研究会 上海・桂林・陽朔研修団報告(前編)

   


研修内容はもとより、食と体験にこだわる中部内家拳研修団。
今回の中国研修ツアーはおなじみ上海と桂林。さてその道中はいかに...

 
 

by 小谷千恵子

 
Illust : H.Takeishi Photo : I.Hashi  
 

■ PROLOGUE
私は奈良に住んでいる。前回、鞭杆講習会レポートによってHPの品位を汚してしまった私ではあるが、なぜか「中部内家拳研究会専属ルポライター」となった。であるからして、今回の「中部内家拳研究会 上海・桂林・陽朔研修団」の一部始終も当然私の手によって白日の下に明らかにされるのである。

さて、今回の研修のメインは、虞定海老師による「八段錦」と荘元明・建申老師による「練功十八法」の講習会である。それは2003年11月11日(火)〜15日(土)の5日間を費やし、滅多に味わうことのできない中部内家拳ならではの観光も加えて行われた。名古屋発16名、関空発2名総勢18名のツアーである。

11月11日(火)
私は関空発組なので、名古屋隊よりも30分時以上遅れて上海浦東空港に到着することとなった。恐れ多くも橋先生とガイド劉佳さんに出迎えられ、おなじみの「東方茶園」へ向かった。(途中帰りに乗る予定のリニアモーターカーが走っていくのを見た。すごく速い!)
上海はどんどん成長を続けている。3月に来たところなのにまだまだ新しいホテルや大きな建築物が、瓦礫の空き地や古い住宅やゴミなどと混ざり合いながら膨らみ続けている。04年のF1、06年の女子サッカー、08年のオリンピック、そして10年のEXPOと膨らみ続けるわけがある。

「東方茶園」に着くと、名古屋隊は当然ながらすでにリラックス状態で、お茶を入れてくれた男性のことを「ダイエーのジョウジマ」と呼んで盛り上がっていた。有名なお茶の先生らしいが、とてもお疲れのご様子で、「のどが・・・!」と言いながら薬用茶を飲まれていた。昼食はここで点心をいただいたが、味も量も申し分なかった。ジョウジマ共々、つかみはOKである。

今日はただただ移動の日である。虹橋空港から国内線で桂林へ。2時間ほどかかる。桂林では昨年いっぱいまでかかって観光のための工事一切が終了した。と聞くだけあって桂林空港のライトアップはとても印象深いもので、ここどこ?というような椰子の木の色鮮やかなネオンが我々を出迎えたのだった。そう、それから「この日の一番」を今から書かねばなるまい。
ホテルまでバスで向かう途中、高速がもう終わるというあたりで、ものすごく大きなトラと熊が、なにやら書かれた赤い横断幕を持って立ち、その大きな建物もライトアップされて独特の凄みのある印象を与えていたのだが、ここでのガイド常さんによるとこうだ。
「ここは何でしょうかと言いますと、ここはですね動物園です。熊とトラが何百頭といます。
(熊とトラだけ・・・・?)ひとつは観光のため。(熊とトラで?)
・・・・・そしてひとつは研究のため。
(ああ、そうなのか・・・。へー・・・。)
そしてもうひとつは何でしょうか。・・・・・それはですね、漢方薬のためです。
熊は生きたままの内臓が使えます。」って殺すんかい!
・・・・加えて桂林の街のにぎにぎしい観光用ライトアップの数々は四季に遊ぶ日本人には神経に障るような気がした。ぽっかり浮かんだお月さんがかわいそうだった。

■11月12日(水)
桂林は暖かいと聞いていたが、朝からなかなかよく冷えて朝食は震えながら食べた。
チェックアウト後7:00出発。象が漓江の水を飲んでいるように見える象鼻山を見ながら我々のバスはひとまず鍾乳洞のある「冠岩風景区」という所へ向かう。実はここへ行くまでの道中の景色が、私にとっては鍾乳洞よりも魅力的であった事を告白しておく。中国の朝の風景。中国では朝食を家ではあまり食べないそうで、大人も子どもも皆、屋台や食堂やその辺の道端でいろんなものをモグモグやっている。(主食はビーフンらしい。)また、村の奥へと続いているらしき地道を、仕事に出かける人々が日常の風景として溶け込み歩いている。
広い道路を貨物列車が横切ったのも見た。日本のような踏み切りはなく、ガレージでよく見るジャバラの柵みたいなのが、電動でカタカタカタ・・・・・と道路を封鎖して行くのだ。さらに街から離れると、映画で見たことのあるようなレンガの工場があったり、収穫されたザボンがきれいに山積みにされて道沿いに並んでいたり、首輪のない犬(これって食べられたりするのかなぁ。犬鍋って温まるらしいし。)や水牛がうろうろしていたり、私は全く目が離せなかった。「バスを止めてくれー!」と叫びだしそうだった。半日くらいはウロウロ景色を味わってみたい。・・・そして、こんなところを走って許されるのかというようなでこぼこの土道をバスは飛ばす、飛ばす。外の土煙もさることながらバスの中は、なにやら昔懐かしい土のにおいが煙たく充満してきた。はっきり言って体に悪い。

ようやく船着場に到着、渡し舟に乗って反対側の岸へ。小ぶりのアヒルがたくさん泳いでいた。今回トイレは、割と頻繁に気をつけて行けるようにしてくれているが、思ったよりは今のところ使えている。SARS以降、洗った手を乾かす器械が必ず据付けられるようになったらしい。ここのトイレはちなみにドアが木製の観音開きになっていた。ちょろちょろと水が流れる水洗で、使用した紙はやはり流してはいけない。足元のバケツに放り込む。もちろん鍵はない。
鍾乳洞の中は暖かく、そして桂林の観光用装飾的ライトアップと全く同じ感覚の照明だった。全くもって許し難い。トロッコ、エレベーター、船など色々あったが真っ暗な水の上を行く小船が一番よかったというのは皮肉な話。また渡し舟に乗って戻る。出航が遅くて、漓江下りの船に乗る時間が迫っていた。バスは土煙をあげながら漓江下りの船着場(楊提)へとまたまた爆走した。

「三つで1,000円!」とさまざまな土産の品を目の前につきつけられながら乗船。実は漓江下りには、この季節はもうシーズンではなく水量がぐんと少ない。特に今年は雨が少なかったそうだ。なので、船は船着場から少し下って、またUターンして同じ所に戻って来なくてはならない。出航。船内で昼食をいただく。衛生状態と味が行く前から心配されていたが、悪くなかったし、なかなか美味しかった。
テーブルは二つに分かれて、向こう側ではものすごく楽しそうな笑い声がはちきれていた。こっちのテーブルでは「一六タルト」が好きという私が槍玉に挙げられ、しかも麻婆豆腐が辛くて食べられないと言う事実も合わせて、お子ちゃまな舌を責められていた。・・・で、景色はやはり素晴らしかった。こればかりはレポートではなく、実際にその目で是非確かめていただきたい!また、水量のある時、雨の日などにも訪れてみたい。
Uターンして戻るのに船は川底にこすれてガリガリガリと音を立てている。二つ前の船が座礁しかかって大変なことになっていた。人がたくさん繰り出してきてえっさえっさと大きな船を押している。もう一度言う、人が押している。これにまた時間がかかった。まぁ、中国ではそれもあり、だ。時間はゆっくり流れていく。

バスはようやく陽朔のホテルに到着。チェックイン後すぐに出発。ひー、こんなツアーってめずらしい。夕日を見にいくのだ。福利へ。絶好のロケーションをもとめて、こんなとこに入っていいの?と思いながらもその辺の村に足を踏み入れる我々。シャッターチャンスを待ちながら、橋先生はさらなる場所を求めていずこかへ消えた。
この夕日もまた格別だった。私は加世田先生のよだれの出そうなアイスクリームの話を聞きながら、それにしても加世田先生細すぎるなと思いながら、中国の夕日を味わっていた・・・。
「今日の一番」は水牛のうんち。道路の端っこにそれは時々存在する。少し大きめの山高のフリスビー。それが水牛のうんち。犬のとはわけがちがう。

そしてホテルに帰り夕食。やっと一日が終わった・・・のではない!ほんとにこんなツアーってめずらしい。船に(またかい!)乗って鵜飼いを見に行くのだ。
バスに30秒だけ乗り、歩いて乗船場へ。漓江下りの時にも見たが、竹を7〜8本組んで細長いいかだにしたもの(明らかに寝ころんだら落ちるよ、これは。)に立って鵜を5〜6羽従え、すいすい進んで観光船についてくる。2艘。やがて何羽かがぐいと首をつかまれて(この時鵜は、足をダランとしていて可愛くも哀れ。)水にボチャンと放り込まれた。その上、上からバチャバチャたたかれる。潜れと。・・・・・鵜よ。かしこいヤツ。水が澄んでいるので潜っているさまがよく見える。首の細いペンギンである。すいすい泳ぐ。泳いでは小魚を捕まえる。小さなものはそのままごちそうで食べてもいいが、少し大きいものだと引っ張り上げられて篭の中に収穫する。ずいぶんと長い時間、ゆっくり見せてもらった。最後まで水に浸からなかったのがいたが、どうやらそれは「ポーズ決め担当」らしい。最後に中州に上陸して鵜を腕に乗せて何人かが記念写真。いかだの明かりが逆光になってしまって見にくかったのが惜しかったが、全体的にはとても楽しかった。

鵜飼い見学の帰りは、ホテルまでぶらぶら歩く。これがまた面白かった。その一角はテーマパークのようで独特な中華の雰囲気を醸し出している。色々なお店があってけっこう楽しめた。たっぷりな一日であった。明日は何が・・・・・。

11月13日(木)
11:00のチェックアウトの前に、昨夜歩いた中華テーマパークに繰り出す。
ホテルを出ると、すでに行って帰ってきた面々とすれ違った。さすがだ。早い。気合入ってる。お土産屋さんのスーパーに入る。あの辛い唐辛子や、あの辛い豆腐の瓶詰めが売られている。あぁ辛。あと、特産里芋のお菓子がたくさん。お酒いっぱい。お茶いっぱい。虫いっぱい・・・・。蟻。黒蟻のお茶。内臓にいいとの事。でも、その袋の中身は黒々として、つぶつぶで、適度の湿気で濡れており、不思議なことに脚が見当たらない。一本ずつ抜いたのか、またこれは養殖黒蟻なのか天然ものなのか、産地は?このつぶつぶは顔なのかお尻なのか、どんな味がするのか、あぁ、聞きたいことがいっぱいだ。あふれんばかりの興味はあったが、量が多すぎて買う勇気がなかった。ちょっと心残り・・・・・。
さて、橋先生は「龍」に弱い(加世田先生談)。若者がオリジナルの木彫壁掛けを自ら作って並べているお店を発見。色使いといい、柄といいなかなか面白い。そしてそれは見つかった。
龍2種。どっちか残ったほうが欲しいかも・・・と期待したのだが、え?2枚とも買うなんて!この際はっきり言わせていただく、橋先生は「龍」にメチャメチャ弱い!(小谷断言)。そして実はあの楊進先生が、もっとメチャメチャ弱いらしい・・・・・。せめてあの渋い「鳳」を買えばよかった。非常に心残りである。必ず再び訪れることを心に誓う小谷だった。(って小谷も「龍」に弱いんかい、結局。)

11:00過ぎ、昼食の後、陽朔周辺の観光に出発。
桂林、陽朔は広西壮族自治区にある。つまり、中国の少数民族の中で最も人口の多い(4,000万人)壮族の90%がここに住む。気候は亜熱帯である。ベトナムと国境を接しているところもある。故に、この地域の観光は必然的に壮族の人々の生活に触れるものとなる。
まず我々が向かったのは壮族の村。ここはつい最近になって中国政府が、観光客が訪問してもよろしいと許可を出した村である。よってまだまだよそ者の分け入ったことのない場所であるばかりか、日本人が入ったのはこれが初めてなのである。(実際、ガイド常さんも初めてだったらしい。)
この村に向かうために我々のバスは昨日よりも過酷な道を走る。工事真っ只中の赤土むき出しのでこぼこ道、そしてそのままさらに山里に入っていく。もちろん舗装などされてはいない。
そこは底をこするでしょうよ!というような段差もしっかりガツン!と受け止めて、暴れ馬に乗るがごとくの揺れに身を任せ、土煙と戦う。体に悪いと思いながらもけっこうこの時間は個人的には楽しめた。

ようやく到着、バスから降りると子どもがふたり(おねえちゃんと幼い弟)ニコニコと手招きしている。すぐ横手の家の前庭に入り込み交渉、家の中を見せてもらうことになった。全くもって初めての貴重な体験となった。
入ってすぐの部屋は土間で、住居の中心でありお客様を迎える部屋(だと思う)。かなりあっさりしているが、ちゃんと中国風に、つまり飾り棚やらTVやらが正面に、入り口に向かって据えてある。ソファがあって、子どもの勉強のための中国式「あいうえお表」なんかも貼ってある。小さな台所が右側にあって、正面右奥の部屋は寝室のようだ。台所と寝室の間に手すりのないむきだしの階段がある。
2階3階は大きな開け放しの納屋が3部屋ずつあった。階段の踊り場には鶏の篭が置いてある。バスから村の四角い家々を見ていると、2階3階が廃ビルのように大きなガラスのない窓があって人の気配もないので奇妙に思っていたのだがこれで納得した。ザボンがビニール袋に入れられて山積みされていたり、穀物が貯蔵されていたり、農具が置かれていたり。
屋上ではもみがらを広げてお日様にあてていた。この屋上からの景色を、私は一生忘れない。今現在、この世に、こんな風景が残されていたのかと思った。矛盾や悲しみや豊かさや貧しさやいろんなものをひっくるめて、生きることの意味、幸福の意味を考えずにはいられなかった。屈託のない4人の子どもたちの笑顔を見ながら、そんなマジな事を考えていた。(ちょっとくらいは、ものも考えんとねぇ。)

まだまだあの道の奥へいってみたい気持ちを抑えて、バスは次の目的地に向かうべく、今来た恐ろしい道をもどった。
月亮山。このあたりの普通の山々の風景はあの山水画の風景(つまり、奇山が屹立している・・)で、石灰岩でできている。侵食されやすいのだろう。故に昨日行ったような洞窟も他にもたくさんあるらしい。で、この月亮山は山の真ん中にまるで満月のようにぽっかり大きな穴があいている。それだけのことなのだが。バスを降りてカメラを向ける。またまた周りの畑の様子とか道路を走る車等に心を奪われる。

壮族の風習。年に一度(3月3日)のお祭りで、年頃の女性が心をよせる男性に向かって歌を歌う。その歌に男性は、2,3の質問に答えて歌う。だいたいこの辺で意志の確認ができるわけだが、最後に女性はひものついた綺麗な玉をぶるんぶるんと回してポイとその男性に投げ、見事男性がキャッチして婚約成立となる。だいたい女性のよく働く、女性主導型の民族らしい。それにしても、もし相手が運動神経の鈍い男で毎年受けそこねたらどうなるのか、また全然あらぬ方に飛んでいって見知らぬオヤジがキャッチしてしまったらどうなるのか、あるいは横恋慕の男が鋭い目つきでサッと横から手を出しキャッチしてしまったらどうなるのか、またキャッチすると見せかけて土壇場で手を引っ込めたら・・・・・これは吉本ギャグ。などと様々な悲劇的展開を想像してしまう。
そのお祭りが行われる場所は壮族の神木と言うべき樹齢1400年の立派なガジュマルの木のそばらしい。「穿岩古榕」。この場所は今、観光用に入場料を払って入らなければならない。入場料を払って入った我々が見たものは、こざっぱりとした公園。民族衣装を着た女の子がひとりついて案内してくれる。ここで一番印象に残ったのは・・・・・観光写真用の猿である。ラクダ、クジャク、インコ、衣装を着せた猿などとお金を払っていっしょに撮る。確かに、あの物々しい衣装を着た猿は可愛かった。

ガジュマルの木は大きく、柵がしてあった。壮族の人達にとって神聖な大木である。私はハワイ・ホノルルの動物園入り口の前で、もっと大きなガジュマルの木を見たことがある。子ども達がよじ登ったり、大人が木陰で読書を楽しんだりしているその大木を、私は心の底から神々しいと感じ、心の底から尊敬したが、壮族の人達も同じようにこの木を大切に思っているに違いない。できるなら観光用などにせず、そっとしておいてあげてほしかった。・・・・・トイレを済ませたら次、行きましょう。

さて、次が結果的に今日のメインイベントとなった「飛び入りスケジュール・いかだ遊び」である。バスの窓からそれを見つけ、降りて橋の上から景色を楽しみながらそれを確認し、再びバスに乗込んだ時、橋先生は「いかだに乗る人!」「乗る人!」とやる気まんまんで皆に聞いたので、誰もいらんとは言えなかった。これも計画になく、初めての体験となったガイド常さんは「ち、中部内家拳、恐るべし!」と言葉もなく思ったに違いない。バスはいかだを目指してルートから外れた。しかし、それは正解だった!

   
   
         
   
         
             
 
  後編につづく  
 
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