内家拳研究会主催 鞭杆講習会レポート

  本家内家拳研究会の関西研修会に出向く中部内家拳鞭杵研究班、
その準備から道中の様子、研修の中身は・・・ 
中部内家拳 new face が staff の日常を描く。
 
by 小谷千恵子     
 
 

■ PROLOGUE
 
私は奈良に住んでいる。
  今回、楊進老師による推手・武式太極拳・鞭杆講習会が2日に渡って関西で開催されることとなり、11月3日(月・祝)の鞭杆講習会が我が地元で行われるという事で、参加される橋先生をはじめとする中部内家拳研究会の先輩方(敬称略:佐久間、矢吹、高木、早川、岩田)をお世話することとなった。
  その上、レポート提出というありがたい宿題もいただいた。
 事前に幹事矢吹さんとの入念な打ち合わせにより、私は宿泊ホテルをチェック、講習会前日の夕食の店、当日の昼食の店を探しながらかなりの数を食べ歩き、メモを走らせ、電話をかけまくり、あげくは留守番組の方々のための「こてこての奈良土産」を探して奈良の町をさまよい歩いた。

鞭杆を作った!
 その間、名古屋の先輩方は大騒ぎをしながら鞭杆の仕立てをされていたそうだ。私は矢吹さんに泣きつき、翌週名古屋に押しかけて遅ればせながら鞭杆を仕立てさせてもらった。その時に私は初めて、HPでおなじみの中部内家拳研究会スタッフの方々と顔合わせをした。ひとり、ふたりとやって来るメンバーは皆見慣れた写真の人物。それが実際に動いているのでとても感動した。特に佐久間さんは背広を着ていたのでそのまんまだった。

 鞭杆の仕立て方はHPでは見ていたが、実際やってみるとなかなか面白い。
  ガンヒーターでぼん尻を熱する時、熱い油がピシッっと跳ねるのに注意。下の方の、ヒーターでなかなか油がまわらないところはゴム手袋をした指でぬるぬるとのばしてやった。
  飛騨産オニグルミの殻はなかなか固くて、バイス担当矢吹さんの手の皮がむけていたが、少量でもたくさんの油がにじみ出て鞭杆はつやつやと程よくひかっていた。
  岩田さんは、何かと私に声をかけて世話をやいてくれた。よく動く人で、スコップを振るって残ったぼん尻を2カ所に分けて地中に埋めてくれた。その姿は「癒し」そのものだ。どの体験もひとつひとつが驚きと尊敬と感動の連続だった。
 これは鞭杆講習会レポートである。

■ 出発!
 
11月の健康セミナーが東桜会館にて行われ、ここから私がカーナビとなって奈良までの道案内をする。
  橋先生が不本意ながら、結果的に、多少の語弊はあるが、ディーラーを半ば脅したかたちで調達された8人乗り、サンルーフ付のでっかいワゴン車で我々は出発した。
  運転は走りがその人柄を十分表現する佐久間さんだ。
  出発したとたん、柿の種の小袋とアイソトニック飲料「タルミ」がH会館から拝借した紙コップに入って配られた。すごく楽しそうな遠足状態である。私の大好きな名古屋弁が飛び交い、おばさん顔負けのおじさんトークが炸裂する。面白すぎる。
(私はこの日、夜中までほっぺたの肉が痛かった。)
  岩田さんは、女子高生は地べたに座ってもいいように「見せパン」なるものを履いているという知識を披露、高木さんは飲んだらあばれるとか、(高木さんという人はいかにも電電公社よき時代の生き残りの雰囲気を醸し出している。)早川さんはマダムキラーだとか、(早川さんはどこかで見たことあると思ったら、ちょっとだけ塩爺に似ている。ごめんなさい。)矢吹さんは矢吹さんでアニメ、三味線、ミュージカル、バイク、車、PC等々お金のかかる多趣味な人物であることが判明。佐久間さんだけがひたすら真面目にハンドルを握っていたのだった。
  笑いすぎで呼吸困難になった私はしばらくの間、サンルーフからのぞく半月をぼーっと眺めていた。

■ 到着
 
道路は連休とあってやはり混んでいた。緩やかな渋滞である。
  ホテルに着いたのは午後7:00頃だった。夕食はホテルから15分ほどのところで、地元のゲストも加わっての食事となった。この時もおじさんトークが炸裂したが、個人のプライバシー保護のためここでは触れないことにする。
  いや、ひとつだけ。いつも加世田さんや澤井さんに可愛がられるという矢吹さんが、私にマジな目を向けて応援を要請していたが、私は心の底から(だけ)彼にエールを送りたいと思う。愛情を持って見守らせていただこう。

 さて、ホテルから私が自宅へ帰るのに佐久間さんに車で送ってもらおうとしたら、全員乗ったままで送ってくれるという。なんてやさしい方々。「佐久間さんひとりで送ったら何するかわからんで。」と名古屋弁で誰かが言ったその直後、「いや、佐久間さんが危ないかもしれん。」と言ったのは誰だ。いいとこついてるやんか、何でわかったん?
これは鞭杆講習会レポートである。

■ さあ会場へ!
 
翌朝、鞭杆講習会当日。
  中部内家拳の面々は、ホテルの部屋で夜遅くまで鞭杆を振り回し、しっかり予習をされたそうだ・・・と聞いている。この予習というのがとても重要だと、後々私は実感することとなる。しかも今回は8種類ある鞭杆の動作をそれぞれに分担して覚えて行き、講習会でしっかり身につけるという「役割分担計画」が進められていたのだ。これはすごい。そして高木さんなど、出発の時点で全部覚えたと宣言されていたのには驚き、また尊敬してしまった。皆からは「時間の余っている人はうらやましい。」と言われていたが。

 私の鞭杆は昨夜のうちに再び胡桃で磨いてもらっていた。もちろん全員の鞭杆も準備万端である。会場は王寺中央公民館。進先生は、毎回橋先生の顔に泥を塗っている私にいやな顔もせず、挨拶をすると「あぁ。」と、とても嬉しそうな顔で答えてくださった。大物である。
 どれだけの人が鞭杆をされるのか知らなかったが、20〜30人はいただろうか。会場はほどよくいっぱいだった。
  我々は全員ロイヤルブルーのTシャツを着て、なかなか目だっていた。

鞭杆を振り回せ!
  鞭杆の基本動作8種類。まず、全部漢字で覚えるようにとの指示あり。
  進先生はサッササッサと動かれて私は何が何だかわからなくておたおたしていた。実際、進先生に「手がおかしい。」と2回言われた。推手でも何でも人に教える時の進先生は生き生きと実に楽しそうだ。飄々として套路などもふと忘れられて飛んだりするのだが、套路などあそこまで行った武術家には必要ないものと思われる。套路が必要なのは私のような者なのだ。あぁ、なのになのにそれ以前の問題である。今回もしっかり橋先生の顔に泥を塗っているではないか。はっきり言って、私の出来が一番悪かったと思う。しかし我が中部内家拳の先輩方は、さすがに「役割分担計画」の成果が現れていた。早川さんも、進先生に「予習してきたの?」と感心されていた。「手がおかしい。」とはえらい違いだ。
 また、言われたことがすぃと動けるのは、予習もあるが日ごろの鍛錬のたまものではないだろうか。橋先生が私を誰かに紹介されるとき、年数は自分より先輩だといつも言って下さるのだけれど、年数が自身の力量と正比例しないという事実を、私はいやというほど自覚している。年数なんて勝手に過ぎて行くものなのだ。肝心なのは練習の質とくりかえしだということを痛感している。
 「8個ぐらい簡単だろ。」と言われても、こ、これはちょっと年数がかかるかもしれない。やることがまだまだ山積みのところに、大きな課題が増えたことになる。
 しかし面白い。8種類を半分ずつ、二人一組で実際に対練できるのは推手といっしょで実に具体的でわかりやすい。是非習得して名古屋のみならず奈良でもはやらせたいものである。
 そのためにはとりあえず、鞭杆をさらにもう一本手に入れて誰かに仕立ててもらわねばならない。よろしく。

 講習は午前中いっぱいを使って、基本動作と套路、対練までと大盤振る舞いだった。
 剣を最後に握ったのは14年前。久しぶりのわくわくした世界だった。できるできないは別にして・・・。

EPILOGUE
  講習会は終わった。橋先生と先輩方を乗せた車が王寺中央公民館から出て行った。
  雨の中、忘れ物の胡桃と手を振る私だけがそこに残された。なぜかすごく寂しかった。いっしょに名古屋に帰りたかったほどだ。

 今回鞭杆講習会に加えていただき、鞭杆の面白さもなかなかのものだったが、中部内家拳研究会メンバーのひとりひとりが実に魅力的な個性の持ち主であることがわかった。このことについても詳しくレポートしたいと思ったほどである。橋逸郎先生の一文字を使わせていただければ、「中部内家拳研究会は、逸材の集団である。」といえよう。
 このご縁に心から感謝したいと思う。尊敬の気持ちを込めて。

                     2003年11月7日  

   
 
 
 
 
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